「晴れるでしょう」は正しく、「晴れるです」は間違い?

明日の関東地方は晴れるでしょう。
このような表現は、天気予報で良く耳にしますね。

でも、この表現、良く考えてみると、ちょっとおかしくないですか?
だって、「明日は晴れるです」とは言わないですよね。
なのに、「です」を未然形に活用させて、推量の助動詞「う」を付けて、「晴れるでしょう」としたら、これは正しい、と。
なぜなのでしょうか?

「晴れる」という動詞を丁寧語にする場合、通常、「ます」を使います。
「ます」にも、推量の助動詞「う」を接続することはできます。
「ます」の未然形「ましょ」に「う」を付けて、「ましょう」となりますね。
その形で言えば、「晴れるでしょう」は、次のように表現することができます。
晴れましょう

どうでしょう?
この言い方、少し古い感じがしますよね。
「晴れると思われる」という意味を表現しているのであろうことは分かりますが、現在、ほとんど使われない気がします。

以下、この違和感の原因について、動詞を意志動作である「行く」に変えて説明してみます。

まず、助動詞「う」には、大きく分けて、以下の3つの意味があります。
1. 勧誘:一緒に行こう(=一緒に行かないか?)
2. 意志:私が行こう(=私が行くつもりです)
3. 推量:彼らはおそらく公園へ行こう(公園へ行くのだと思われる)

でも、実際には、「行こう」が3の意味で使われることは、非常に少ないですよね。
3の意味を表したい場合、「行くだろう」を使うことがほとんどだと思います。

いつ頃からか分かりませんが、助動詞「う」について、上記1、2の用法と3の用法とで、前に接続される言葉による次のような使い分けが始まり、今日、ほぼその使い分けが完成されている、ということなのでしょう。
動詞に直接、または動詞+「ます」に接続:1または2の用法
動詞+「です」に接続:3の用法

この使い分けが普及した原因としては、「ましょう」は、否定推量にしにくい、ということがあると思います。
晴れるでしょう
これを否定推量にする場合、次のように容易にできます。
晴れないでしょう

でも、「ます」の場合、これが難しくなります。
晴れましょう
これを否定にするには、
晴れませんう
とでも言わなければなりませんが、「ん」と「う」は接続できませんね。
でも、日本語には「否定推量」を表す助動詞「まい」があるので、これを使えばできます。
晴れますまい
しかし、これもまた、なぜか古い感じがします。

日常的な会話で、「明日は雨が降るか、降らないか」を議論する時、
明日は、雨が降るだろうね
に対して、
いやいや、雨は降るまい
とはあまり言わないですよね。
ほとんどの人は、
いやいや、雨は降らないだろう
と言うと思います。

「降りますまい」の用法が廃れた理由は分かりませんが、私は、おそらく、「降りませない」という使い方がされないのと同様、「まい」という言葉の語感が、「ます」の丁寧の雰囲気を殺してしまうためではないかと思います。
(参考記事:【避けにくい二重敬語「……ませんでした」】)

日常会話で、否定推量を「まい」で表現することはほとんどありません。
でも、「まい」は、ある特定の用法の中では生き残っています。
雨が降ろうが降るまいが、行くつもりだ。
このように、「……うが、……まいが」、あるいは、「……うと、……まいと」のような表現では、使われますね。
でも、これもどちらかといえば、
雨が降っても降らなくても、行くつもりだ。
と言う場合の方が多いかもしれませんね。

ある単語が使われなくなり、廃れていくのは淋しい気もしますが、やはり言葉は生き物。
環境に適応し切れない生物が絶滅するのと同様に、言葉もその時代にそぐわないものが廃れていってしまうのは、仕方のないことなのでしょうね。

※関連記事:
「ませんでしょうか」「ますでしょうか」「ますですか」
避けにくい二重敬語「……ませんでした」

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