二重敬語「お伺いする」と「お見えになる」

それでは、明日お伺いします。
先日、御社の○○部長がお見えになりました。
これらは、非常に頻繁に出現する表現ですよね。
そもそも、これらを問題と感じない人も相当多い、というより、もはや大半の人は自然に使っているかもしれませんね。

一応、これらは「二重敬語」と呼ばれ、誤った敬語の使い方とされています。
本来の敬語(まあ、いわば「一重敬語」?)に戻せば、次のようになります。
それでは、明日伺います。
先日、御社の○○部長が見えました。
「伺う」は「訪ねる」の謙譲語Ⅰ、「見える」は「来る」の尊敬語なので、これで十分な敬語なのです。

でも……どうでしょう? 何か物足りない感じがしませんか?
ちゃんと敬語になっているのか、ちょっと不安を感じてしまいそうです。
下手すると、この表現を使ったら、相手によっては「敬語が使えていない」と、言われのない非難を浴びせられてしまうのではないか、なんて不安を感じてしまいそうな気さえします。

そもそも、「うかがう」とか「みえる」は、別の意味で、敬語でない表現も存在していることが、これらを敬語っぽく感じさせない理由なんじゃないかな、と思います。
「うかがう」は「様子を窺う」のような言葉があるし、「見える」は視界に入る、という意味の普通の言葉がありますね。

ただ、「お伺いする」については、もうひとつ理由があると、私は思っています。
謙譲語Ⅱの併用を可能にするため、というのがそれです。
以下、具体的に説明します。

まず、「伺う」を、同じ意味を別の動詞で表して見ましょう。
それでは、明日ご訪問します。
「ご訪問する」は「訪問する」を謙譲語Ⅰにしたものです。
謙譲語Ⅰというのは、動作の先、つまり訪問される相手を立てる敬語です。

これに謙譲語Ⅱを併用すると、次の表現になります。
それでは、明日ご訪問いたします。
「いたす」が「する」を謙譲語Ⅱにしたものです。
謙譲語Ⅱというのは、話している相手を立てる敬語です。

「ご訪問いたします」の表現にすれば、謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱを併存させられるわけです。
つまり、訪問される人と今話している人の両方を立てることができて、めでたし、めでたし、ということですね。
そうすると、「じゃあ、『伺う』をこれと同じ形にしようとした場合、どうすれば良いの?」ということになります。
「伺いいたします」とは言えないですよね。
じゃあ、「お伺いいたします」とするしかないか、というわけです。

あと、敬語って、浸透するにつれて、その表現が当たり前になって、本来その敬語の持つ敬意の度合いが薄れたように感じてきてしまうのも、やっかいな点ですね。
だから、「見える」についても、「お見えになる」でないと尊敬語になっていない気がしてきてしまうわけです。
さらに、こんな風に使われることもありますね。
先日、御社の○○部長がお見えになられました。
「お見えになる」の「なる」について、さらに尊敬の助動詞を付与して「なられる」にしている、という構造です。
三重敬語、とでも言えば良いのでしょうか?

あるいは、「伺う」の方については、こんな表現も。
それでは、明日お伺いさせていただきます。
「○○させていただきます」という敬語表現はかなり浸透していますね。
「伺います」というと、自分の都合を相手に押し付けている感じがしてしまいますが、それが「させていただく」と表現することによって、相手の了解を得て訪問させてもらう、という意味合いが感じられて、当たりが柔らかくなるので、多用されるのかな、と私は思います。

でも、尊敬語と謙譲語を取り違えたり、敬語が欠落したりするのと比べると、過剰な敬語に対しては、比較的風当たりが弱い気がします。
多くの人は、持ちあげられる分には、悪い気はしないですからね。
でも、嫌悪を感じる人もいると思いますので、過剰な敬語にも注意するに越したことはありませんね。

※二重敬語に関する他の記事
「ませんでしょうか」「ますでしょうか」「ますですか」
「拝見させていただく」は二重敬語?

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