「荒らげる(あららげる)」と「荒げる(あらげる)」

「声をあらげる」という表現が非難されることがありますね。「それは『あららげる』の誤用だろう」というのが非難の理由です。
私は、そもそも「誤用」という言葉が好きではないので、「誤用って言い方はないだろう」と思ってしまいます。
最初は「誤用」でも、定着すれば「正しい用法」に代わるわけです。そのようにして定着し、現在では正しい用法として何の疑問もなく使われている言葉もたくさんあります。

「あらげる」という言葉を辞書を引いてみると、はっきり「誤用」と書いてあるものとそうでないものがあります。
「大辞泉」では、『「あららげる」の誤用』とあり、「大辞林」では、『本来は「あららげる」』とあります。
微妙な違いですが、「誤用」と言い切っている大辞泉より、「本来は」と書かれている大辞林の方が、私としては好感が持てるし、より信頼できます。

「あらげる」という発音の発生は、おそらく次のようなことが原因だと思います。
1. 「あららげる」は、「ら」が二文字続くので発音しにくい
2. 漢字で書いた時の「荒らげる」は、「あらげる」と誤読されやすい

1の方は、発音すればすぐに分かりますよね。ただでさえ発音しにくいラ行の音、しかも同じ「ら」の音が続くので、これは一文字で済ませたくなります。
「体育」は、実際の発音は「たいいく」ですが、これも実際に発音する時には「たいく」と発音しますよね。
それと似たようなものですね。

2は、そもそも「荒」という漢字の読みが、形容詞の「荒い」では「あら」なのに、動詞の「荒れる」とか「荒らす」では「あ」であることが原因ですね。
送り仮名のルールも色々と複雑ですが、基本的には、形式の違う動詞や形容詞になっても、漢字部分の読みは同じになるようになっています。
例えば、「動く」「動かす」(どちらも「うご」)とか、「照る」「照らす」「照れる」(いずれも「て」)のようにね。
でも、この「荒い」と「荒れる」は例外なんですね。他に、「明るい」と「明ける」、「悔しい」と「悔いる」、「恋しい」と「恋う」、などもあります。
詳しくは、文化庁のこちらのページを参照してみて下さい。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/frame.asp?tm=20100610220444

「荒らげる」は動詞なので、同じ動詞の「荒らす」と同じように読みたくなるのが人情というものですよね。
「荒らげる」が「あらげる」と読まれてしまうのは、ある程度仕方がないことなんじゃないかな、と思います。

NHKのウェブサイトでも、「荒らげる」と「荒げる」について記述されているページがあります。
http://www.nhk.or.jp/bunken/research/kotoba/kotoba_qq_00110101.html
このページによると、
NHKが平成3年(1991年)に行った全国調査でも、「あららげる」と言うと答えた人が19%にとどまったのに対して、「あらげる」と言うと答えた人が77%にものぼりました。
とのことです。
もはや「あらげる」派の方が圧倒的多数ということですね。
この状況を踏まえて、NHKでは「あらげる」を使うことも認めるようにした、とのことです。

もはや、声を荒らげて「あらげる」という言葉を批判することは、時代錯誤なのかもしれませんね。

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