「れる」と「られる」について

「言葉の乱れ」として、「れる」と「られる」の誤用が取り上げられることがあります。
例えば、「見れる」「食べれる」「来れる」などの表現は、文法的に誤りだと言われます。
いわゆる「ら抜き言葉」ってやつですね。

正しい用法とされるのは、次の通りです。
上下一段またはカ行変格活用動詞+助動詞「られる」
五段活用動詞+助動詞「れる」

でも、上に挙げた、「見れる」「食べれる」「来れる」などは、文法的に次の形になっているので、これは「間違い」だと言われるわけですね。
上下一段またはカ行変格活用動詞+助動詞「れる」

つまり、文法的に正しい言い方をするなら、
「見れる」「食べれる」「来れる」
ではなく、
「見られる」「食べられる」「来られる」
と言いなさい、ということなんですね。

でも、ちょっと待って下さいよ、と。
「来られる」はともかく、「見られる」とか「食べられる」って、どう見ても不自然なんですよね。
「人から見られる」とか「猛獣に食べられる」のように、受け身の意味だと思われちゃいますよね。

まあ、すでに「見れる」や「食べれる」が定着しているから、そこに違和感を感じるということなのかもしれません。
でも、そもそも、これらの用法が定着してきたのには、ちゃんと理由があると私は思っています。

助動詞「れる」「られる」は、意味として「尊敬」「可能」「自発」「受動」の4つを持っています。
ひとつの助動詞で4つの機能って、ちょっと持ち過ぎですよね。
実際、五段活用の「可能」の用法では、助動詞「れる」はほとんど使われず、代わりに可能動詞が使われます。

五段活用動詞+助動詞 → 「書かれる」
可能動詞 → 「書ける」

「書くことができる」という意味を表現する時に「書かれる」という人はかなり少ないですよね。
つまり、「れる」という助動詞が可能用法として、五段活用の動詞に付けて使われることって、現在では、ほとんどないと思うのです。

ならば。
「れる」という助動詞を上下一段活用動詞に付けて「見れる」「食べれる」などと使ってあげれば助動詞も喜ぶと思うのです。
これなら、受け身の意味に誤解されることもないしね。

きっと、これらの用法って、そんな人々の思いが込められているんじゃないかと思います。
私は、これらの用法を「誤用」とか「言葉の乱れ」だとは思いません。

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