「ご確認される」は誤り?

もう、ご確認されましたか?
こんな表現を、尊敬語のつもりで使ってしまうことはありませんか?
この表現は誤りとされています。

似たような表現ですが、以下のような表現は正しいのです。
もう、確認されましたか?
敬語表現が過剰になっている昨今では、この表現だと今一つ丁寧さが足りないように感じてしまいますが、これは尊敬語として正しい表現です。

最初の表現との違いは何でしょうか?
そう、「ご」が付くか付かないか、だけですよね。
しかも、丁寧にするつもりで「ご」を追加した前者の方が誤りとなってしまうのです。

なぜ、「ご確認される」は誤りなのでしょうか?
これは、謙譲語Ⅰを相手の動作に使っている形になっているためだとされます。
「確認する」に謙譲語Ⅰの一般形「お(ご)……する」を適用すると、「ご確認する」となります。
ご確認します。
これは、自分が、相手の言った内容を確認する時に使う表現ですよね。
なので、「ご確認される」は、相手の動作に謙譲語を使っているとみなされて、誤りとされるわけです。
尊敬の助動詞「れる」を付けて「される」としているのですが、その前の形式が謙譲語なので、そちらが優先する、ということなのでしょう。

でも、次のような表現は正しいとされるのです。
ご確認なさいましたか?
尊敬語の一般形として「お(ご)……なさる」というものがあるため、これは正しい尊敬語とされます。

これは、ちょっと不思議な気がしませんか?
「ご確認なさる」も「ご確認される」も、「ご確認する」の「する」の部分を尊敬語にした形式と考えることができますよね。
なのに、「なさる」の方は正しく、「される」の方は誤りとなるのです。
おそらく、「される」は「さ」+「れる」という、動詞+助動詞の形のため、謙譲語Ⅰ+尊敬語の形式に見えやすいけれど、「なさる」は一語の動詞のため、一連の尊敬語として見えやすい、といった経緯かな、と想像されます。

なお、最初の表現は、次のように助動詞をひとつ挟むだけで、問題のない表現にすることもできます。
もう、ご確認はされましたか?
こうすれは、「ご確認」は相手の「確認」という動作の尊敬語表現、「される」は相手の「する」という動作の尊敬語表現と、明確に分離されるため、問題がなくなるのだとされています。

まあ、今までに挙げたような表現は、いずれもちょっと紛らわしいので、次のような表現を使うのが、一番問題なさそうですね。
もう、ご確認下さいましたか?

関連記事:
「ご確認してくださる」や「ご確認していただく」は正しい?
「ご乗車できません」と「ご乗車はできません」の違い

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「ご教授下さい」は「ご教示下さい」の誤用?

ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教授下さい。
この表現、インターネットのQ&Aサイトなどで、良く見かけますよね。
メールのやり取りなどでも、この「ご教授下さい」という表現が使われているのを目にすることがあります。

そして、「『ご教授』は誤りで『ご教示』が正しい」なんて意見が、良く見られます。
基本的には、私も、この「ご教授下さい」という表現は、「ご教示下さい」と表現するべきところを、誤って「ご教授下さい」と使われたのが広まったものだと思っています。
でも、「ご教授下さい」という表現は、そもそも誤用なのでしょうか?

結論としては、この表現は、形式的には誤りではありませんが、多くの場合、適切でない場面で使われている、ということになると思います。

まずは、Yahoo辞書で、「教授」と「教示」を調べた結果を引用しておきましょう。

【教授】
きょう‐じゅ〔ケウ‐〕【教授】
[名](スル)
1 学問や技芸を教え授けること。「書道を―する」
2 児童・生徒・学生に知識・技能を授け、その心意作用の発達を助けること。
3 大学や高等専門学校・旧制高等学校などで、研究・教育職階の最高位。また、その人。「大学―」
[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
きょうじゅ[けう―] 【教授】
(名)
スル
[1] 01(ア) 児童・生徒に知識・技能を与え、そこからさらに知識への興味を呼び起こすこと。
(イ) 専門的な学問・技芸を教えること。
国文学を―する
書道―
[2] 0大学などの高等教育機関において、専門の学問・技能を教え、また自らは研究に従事する人の職名。助教授・講師の上位。
[ 大辞林 提供: 三省堂 ]

【教示】
きょう‐じ〔ケウ‐〕【教示】
[名](スル)《「きょうし」とも》知識や方法などを教え示すこと。示教。「御―を賜りたい」
[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
きょうじ[けう―] 01 【教示】
(名)
スル
[1] 〔補説〕 「きょうし」とも
おしえしめすこと。示教。
御―を賜りたく
[2] 実験・調査で、研究者の意図する行動を被験者にとらせるための指示。
[ 大辞林 提供: 三省堂 ]

「教授」も「教示」も、「スル」というキーワードが付いています。
これは、「する」を付けて、サ変動詞にすることが可能であることを示しています。
つまり、「教授する」とか「教示する」という使い方ができる、ということです。
このことから、「ご教授下さい」という表現自体は正しいことが分かりますね。

「ご教授下さい」という表現が問題視されるのは、その意味するところによります。
「教授」と「教示」は、語感としては非常に良く似ていますが、上記の辞書の定義を見ると分かる通り、教える対象の種類、というかレベル感が、少し違います。

「教授」の用例で、大辞泉、大辞林共に使われているのが「書道」ですね。
つまり、例えば、書道の先生に対して、
どうか、私に書道をご教授下さい。
と言った場合、これは正しい用法ということになります。
学問や技芸などを教えてもらいたい時であれば、「教授」を使うのは正しいわけです。

通常、インターネットのサイトやメールのやり取りで、学問や技芸を教えて欲しいとお願いすることは、まずないですよね。
ほとんどの場合、手順や方法などを教えて欲しい、といった意味で「ご教授下さい」が使われていると思います。
これは、やはり、誤りということになりますよね。

もっとも、言葉というのは、多くの人に使われるようになることで、その用法が正しいとされるようになる、ということが、しばしば起こります。
なので、今後、このように、手順や方法などを教えることを「教授する」と表現するのが、正しい用法であるとされるようになる可能性もありますね。

私の個人的な感覚としては、そもそも「ご教示下さい」という表現も、あまり好きではないですね。
だって、「教示する」って、あまり一般的に使う言葉ではないですよね。
メールなどで、「ご教示下さい」が使われるケースというのは、おそらく、先程から書いている通り、「手順や方法を教える」という程度の話が多いように思います。
それなら、簡単にこう言えば良いのではないでしょうか。
お教え下さい

漢語を使うと改まった雰囲気が出て、より丁寧に伝えている感じがする、ということで「ご教示下さい」が多用されるのだと思います。
でも、普段使うような、訓読みを使った日本語ならではの言葉をもっと大切にしても良いのではないかな、と私は思うのですが、いかがでしょうか?

でも、言文一致にせず、書き言葉と話し言葉を分離して考えるのが美しい、と考える人もいるでしょうし、結局、最終的には、個人の好みの問題、ということになるのでしょうね。

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「天地無用」の意味が誤解されやすい理由(その2 「天地無用」と「心配無用」)

※ 【「天地無用」の意味が誤解されやすい理由(その1 「天地」という言葉の誤解)】の続きです。

「天地無用」という言葉は、
ひっくり返してはいけない
という意味ですが、誤って、
ひっくり返しても良い
と解釈されることが多いと思います。

前の記事で、この言葉が誤解を受けやすいのは、次の2つの間違えやすい観点が複合しているためだと思われると書きました。
1. 「天地」という言葉の用法
2. 「無用」という言葉の用法

前の記事で、1について書きました。
この記事では、2の「無用」という言葉の用法について考えてみましょう。

タイトルに挙げましたが、「無用」を使う言葉に、「心配無用」というのがあります。
これは、「心配する必要はない」という意味ですね。
一般に、「無用」というと、この言葉の場合のように、「……の必要はない」と解釈されることが多いのではないでしょうか。

この意味で、「天地無用」の意味を解釈するとどうなるでしょうか?
自然に考えれば、「天地」というのは、「上面と下面」ということになり、「どちらが上面でどちらが下面かを考える必要はない」、という解釈になりますよね。
実際には、前の記事で書いた通り、「天となるべき部分を地にする」ということを「してはいけない」ということになるわけですが、なかなかこの解釈に辿り着きにくい気がします。

一応、Yahooの辞書で「無用」を調べておきましょう。
む‐よう【無用】
[名・形動]
1 役に立たないこと。使い道のないこと。また、そのさま。無益。「―な(の)臓器はない」⇔有用。
2 いらないこと。また、そのさま。不要。「ここでは遠慮は―です」「心配御―」「問答―」
3 用事のないこと。「―の者立ち入るべからず」
4 してはいけないということ。禁止。「立ち入り―」「開放―」「貼紙―」

[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
むよう01 【無用】
(名・形動)
[文]ナリ
[1] 役に立たないこと。
⇔有用
―の物
[2] 用事のないこと。
―の者入るべからず
[3] 必要ないこと。いらないこと。また、そのさま。
心配―
問答―
他言は―に願います
―な心配をかける
[4] 他の語に付いて、してはいけない意を表す。
天地―
落書き―

[ 大辞林 提供: 三省堂 ]

大辞泉の2と大辞林の3は、先の例の「心配無用」の意味ですね。
そして、大辞泉の4と大辞林の4が、「天地無用」の意味となります。

どちらの辞書でも、「心配無用」の「無用」、つまり、「不要」の意味が先に書かれています。
つまり、「無用」という言葉を聞いた時、どちらかといえば、「禁止」の意味より、「不要」の意味の方が、先に頭に浮かぶ人が多いのではないかと思います。

似たような意味であれば、どちらの意味が先に浮かんでも良いのですが、この場合、かなり違いますよね。
「天地」が「不要」なのか「禁止」なのかで、意味は正反対になってしまいます。

「他言無用」も、結構危険ですね。
これは、「他言してはいけない」、つまり、「禁止」の意味で「無用」が使われる例ですよね。
この点で、大辞林で3の「不要」の意味の用例に「他言は無用に願います」と書いてあるのは、ちょっと不適切なのでは、と思わなくもありません。
「他言不要」と解釈すると、「他言しなくても良いし、しても良い」と解釈され兼ねません。
「他言無用」は「他言禁止」と理解するべきですね。

この「不要」と「禁止」の構造、どこかで見たような……と思っていたのですが、そうそう、英語の "must" と "have to" の否定って、これと同じですね。
肯定で使う場合、どちらも「しなければならない」の意味ですが、否定にすると、次のように違う意味になりますよね。
must not : してはいけない(禁止)
not have to : しなくても良い(不要)

純粋に論理として考えると、「しなければならない」というのは「する必要がある」ということなので、その否定は「する必要がない」ということで、「不要」が正解ですね。
禁止の否定は許可なので、"must not" が、「禁止」を表すのなら、"must" は、「しても良い」の意味でなければなりません。
英語というのは、日本語に比べるとかなり論理的な言語であるという印象があるので、その英語で、このような論理的不整合があるのは、ちょっと意外な感じがしますね。

英語でもこんな感じなのだから、より論理的に曖昧な日本語で、これらの意味が同じ表現に同居しているのは、仕方のないことなのかもしれないですね。

でも、これが誤解されやすいことは事実です。
なので、「天地無用」とか「他言無用」のような誤解されやすい表現は、なるべく避けた方が無難ですね。
「ひっくり返してはいけない」とか「他の人に話してはいけない」といったように、ベタだけど分かりやすい表現を使うべきだと、私は思います。

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「天地無用」の意味が誤解されやすい理由(その1 「天地」という言葉の誤解)

「天地無用」というのは、誤解を受けやすい表現のひとつだと思います。
この言葉は、
ひっくり返してはいけない
という意味ですが、誤って、
ひっくり返しても良い
と解釈されることが多いのではないでしょうか。

この言葉が誤解を受けやすいのは、次の2つの間違えやすい観点が複合しているためだと思われます。
1. 「天地」という言葉の用法
2. 「無用」という言葉の用法

ここでは、まず、1の「天地」という言葉の用法について考えてみましょう。

「天地」というと、まずは、「天と地」、より具体的にいえば、そのものの「上面と下面」のことだと思いますよね。
Yahooの辞書で、大辞泉と大辞林を調べてみましょう。
てん‐ち【天地】
1 天と地。
2 宇宙。世界。世の中。「自由の―を求めて旅立つ」「新―」
3 書物・荷物などの、上と下。「紙の―」

[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
てんち1 【天地】
[1] 天と地。空と大地。
[2] 宇宙。世界。
―創造
[3] 自分の存在・活動の場として認識している、限られた範囲。
新しい―を求める
[4] 本や紙の上と下。また、荷物などの上面と下面。
[5] 相違のはなはだしいこと。
実力の差は―ほどもある
以前に替る事―也〔出典: 浮世草子・桜陰比事 1〕

[ 大辞林 提供: 三省堂 ]
大辞泉では3、大辞林では4が、その意味ですね。

でも、それが「無用」だと言われたら、どう思うでしょう?
「無用」の解釈について、詳しくは、次の記事で書きますが、「無用」といったら、少なくとも、何かが「ない」という意味ですよね。
「上面と下面」が「ない」といったら、上下がないのだから、ひっくり返しても良い、と解釈するしかないですよね。

つまり、「天地無用」という場合の「天地」は、これらの辞書の定義にはない意味で使われているということでしょう。
この場合、「天地」というのは、「天となるべき部分を地にすること」と解釈すると、「天地無用」が正しく解釈できます。
英語で、"upside down" という表現がありますが、まさにこれと同じ意味、ということですね。

でも、辞書に定義がないことからも窺える通り、「天地」という言葉を単独で用いる時、この意味では使わないですね。
例えば、
その箱、天地で置かないでね
なんて使い方は聞いたことがありません。
単独で使わない言葉の意味が組み込まれている熟語なので、誤解されて然るべき、という感じがします。
この言葉ができた当時は、この例文のような使い方がされていたのでしょうかね?

さて、次の記事では、「無用」について考えてみようと思います。
「天地無用」の意味が誤解されやすい理由(その2 「天地無用」と「心配無用」)

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「ご参考下さい」「ご参考になさって下さい」「ご参照下さい」

相手の意志決定や考察の材料として、資料などを送る場合、タイトルに挙げたような表現を使いますね。
例えば、メール本文には簡潔に結論だけを書いて、その結論に至った詳細な調査内容などは別のファイルにまとめ、それをメールに添付し、本文の最後に次のように書いたりします。
詳細は添付ファイルをご参考下さい。
詳細は添付ファイルをご参考になさって下さい。
詳細は添付ファイルをご参照下さい。

これらには、意味の違いがあるのでしょうか?
そして、そもそも全て正しい表現なのでしょうか?
以下、それらについて、考えてみたいと思います。

まず、これらの表現から敬語を除き、平常文に戻してみましょう。
尊敬語平常文相手に望む動作
ご参考下さい参考してくれ参考する
ご参考になさって下さい参考にしてくれ参考にする
ご参照下さい参照してくれ参照する

さて、ひとつ引っかかるのは、「参考する」という動詞ですね。
あまり聞かない言い回しですね。
一般的には、「参考にする」と言いますよね。

とりあえず、「参照する」も含め、Yahoo辞書で、定義を確認してみましょう。

大辞泉
さん‐こう〔‐カウ〕【参考】
[名](スル)何かをしようとするときに、他人の意見や他の事例・資料などを引き合わせてみて、自分の考えを決める手がかりにすること。また、そのための材料。「研究の上で―になる」「内外の判例を―する」
[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]
さん‐しょう〔‐セウ〕【参照】
[名](スル)照らし合わせて、参考にすること。参看。「付図を―する」
[ 大辞泉 提供: JapanKnowledge ]

大辞林
さんこう[―かう] 0 【参考】
(名)
スル
[1] 考えをまとめたり、物事を決める際に、手がかりや助けとすること。また、その材料。
前例を―にする
[2] 種々の資料などを利用し、考えること。また、その資料。
ご―までに
欧米の書籍を広く―する時間を要する〔出典: 社会百面相(魯庵)〕
[ 大辞林 提供: 三省堂 ]
さんしょう[―せう] 0 【参照】
(名)
スル
他のものと照らし合わせてみること。
第一章を―せよ
―項目
[ 大辞林 提供: 三省堂 ]

どちらの辞書でも、見出し語の後に、「名」と「スル」という文字がありますね。
これは、これらの単語が「名詞」であり、さらに、「する」を付けることで「サ行変格活用動詞(サ変動詞)」を形成できることを意味します。
「勉強」「確認」「報告」などの名詞は、「する」を付けることで、「勉強する」「確認する」「報告する」と、動詞にすることができますね。
見出し語の後の「スル」は、これを意味しています。

つまり、「参考」も「参照」も「スル」と書いてあるので、どちらもサ変動詞にできるということです。
だから、あまり聞きなれない「参考する」という言葉も、間違いではないことになります。
とりあえずは、一安心ですね。

でも、言葉というのは、辞書の定義よりも、多くの人がどう感じるかの方が重要であると、私は感じています。
今日では、「参考する」という表現には、違和感を覚える人も少なくないように思います。
本来正しい表現であっても、「おいおい、『に』が抜けてるぜ」と的外れな指摘をする人もいるのではないでしょうか。
その違和感を持つ人が多数派になれば、「参考する」が誤用とされる日が来る可能性もあります。

言葉は生き物であり、こういったことは仕方のないことなので、なるべく多数の人が使う表現を使うように努力することも、時には必要です。
そういった意味では、「ご参考下さい」は、あまり使わない方が良いのかもしれませんね。

「参照」の方はどうでしょうか?
大辞泉の定義を見ると、定義の中に「参考」という言葉が入っており、ほぼ同じ意味と考えて良さそうですね。
大辞林の方では、「照らし合わせてみる」としか書いてありません。
「照らし合わせる」というのは「照合」のことだと考えると、参考とはかなり違ったイメージを私は感じてしまいます。
でも、一般的な使われ方や、大辞泉の定義から、「参考」と「参照」は、ほぼ同じような意味として使える単語だと考えて良さそうな気がします。

あとは好みの問題になりそうな気がします。
私は、簡潔さから、「ご参考下さい」か「ご参照下さい」が好きで、若干違和感のある「ご参考下さい」より「ご参照下さい」の方を良く使います。

なお、このように相手にある動作を要求するための表現は色々なパターンが考えられます。

ご参照願います
これは、かなり市民権を得ている表現だと思いますが、私は、あまり望ましくないと考えています。
※関連記事
「ご確認願います」は正しい敬語?

ご参照して下さい
これは、謙譲語と尊敬語の混在する誤用となりますので、使わないようにしましょう。
※関連記事
「ご確認してくださる」や「ご確認していただく」は正しい?

御参照ください
漢字の表記としては、実はこのように書くのが正しいとされています。
でも、私は自分なりの美学から、「ご参照下さい」と書きます。
※関連記事
「致します」「下さい」「頂きます」は漢字? ひらがな?
「ご確認」? それとも、「御確認」?

ご参照頂けますか
最近では、相手に動作を強要する感の少ない、「頂く」が良く使われますよね。
私は問題を感じませんが、「頂く」を嫌う人もいるので、注意が必要です。
※関連記事
「ご確認いただく」を相手に使っても良い?

以上、これらの記事が、少しでも「ご参考」になれば幸いです。

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